社会の片隅から

これまで「中国女性・ジェンダーニュース+」で取り上げてきた日本の社会や運動に関する記事を扱います。

中国電力男女差別裁判の広島高裁判決について

先日の中国電力男女賃金差別裁判の広島高裁判決についての宮地光子弁護士のお話をうかがうために、7月29日、大阪のワーキング・ウィメンズ・ネットワークのイベントに行ってきました。

中国電力男女賃金差別裁判は、2008年に同社社員の長迫忍(ながさこ・しのぶ)さんが起こした裁判です。

長迫さんは、広島高裁での控訴審が始まる前に、自らについて以下のように語っておられます(1)

私は1981年に中国電力に入社以来30年間、事務系の与えられた仕事をコツコツ、真面目に取り組んできましたが、未だに一般社員です。

同期入社の男性社員には重要業務が割り当てられたのに対し、私にはお茶くみやコピーなどといった諸務、雑務と男性社員のサポート業務しか割当てられませんでした。(…)男性は業務分担や事業所を3~5年位で変わり、幅広く経験させて育成されていましたが、私は同じ事業場で十数年間諸務・雑務を割り当てられていました。

入社12年目にして、やっと諸務から解放され、男性と全く同じ業務を行うようになりました。日々の業務をお客さまの立場に立って、迅速かつ的確に処理してきました。女性の深夜労働が認められるようになってからは、当直もして台風などの災害時の停電事故時にも男性同様に業務に携わってきました。

同期同学歴の一番はやく昇進した男性と私の職務等級の差は11段階も違いますし、男性の半分以上が管理職なのに対して、女性は2人しかいません。

私は、人事考課面接では管理職から「良くやってくれている」「期待している」と高評価をもらっても、一向に職務等級は上がりません。制度や業務内容は男性と同様とされても、昇進昇格については、男性との差は広がることはあっても縮まることはありません。

(……)

はるかに年下の後輩が主任・管理職へと昇進昇格するのに、どうして女性を育成し活用しないのかという疑問を明らかにしたいと裁判を決意、2008年5月に広島地方裁判所に提訴し、女性に対する賃金差別を主張して、地位の確認と損害賠償を求めました。

一審の広島地裁では審理が不十分なままに敗訴してしまったのですが、二審の広島高裁では、新たな弁護団が賃金データを提出させるなどして、賃金の男女差別を詳細に明らかにしました(2)。また、高裁での証人尋問では、2009年~2011年には長迫さんはチームトップの成績を上げたにもかかわらず、上司によるパワハラが始まり、同僚もそれに同調させられていたことなども語られました(3)

しかし、今年7月18日の広島高裁の判決も、簡単に言えば、「企業の人事考課制度は合理的だ。長迫さんに対する評価も正当であり、長迫さんが昇進できないのも、企業の裁量の範囲内のことだ」というもので、長迫さんは敗訴しました。

広島高裁判決も、男女の間には格差があること自体は認めました。判決は、「平成20年の時点で、主任1級以上の職能等級になっている者の割合は、男子従業員の90.4%に及び(女性従業員は25.7%)、(…)男性従業員の過半数が40歳までには主任1級に昇格しており(女性従業員で初めて主任1級に昇格した者の年齢は41歳)」というふうに述べています。

中国電力の人事考課制度は合理的?

判決が「中国電力の人事考課制度は合理的なものだ」と言っている理由は、以下のようなことにすぎません。
 ・「人事考課の基準等にも、男性と女性とで取り扱いを異にするような定めはない」(←公然とそんな規定を書くわけがない)
 ・「評定者に女性も登用している」(←女性が少しいるくらいでは、差別はなくならないのは常識では?)
 ・人事考課による評価は「被評定者にフィードバックされていて、評価の客観性を保つ仕組みが取られている」(←しかし、考課の結論が言い渡されるだけで、どのような事実からそのような結論になったかは、明らかにされない)。

層として明確に男女が分離していないから差別でない?

また、判決は、「同じ男性間にも、昇格の早い者、遅い者があり、賃金額にも差があるのであつて、男女間で、層として明確に分離していることまではうかがえない」と言っています。しかし、当日見せてもらった、判決中のグラフは、長迫さんと同期同学歴社員の2001年~2011年の11年間の賃金を示す以下のようなものでした。


(『ワーキング・ウィメンズ・ネットワークニュースレター』No.72[2013.7]p.3より)

このグラフを素直に読むと、私はむしろ、「女性の中には一握りの、男性と同等に扱われている人たちはおり、男性の中にも若干女性並みに扱われている人たちもいるけれども、全体として、男性と女性は層として分離している」ということが読み取れるように思います。また、「昇進の最も早いグループには女性は全く存在しない」のであり、そのこと自体「『層としての分離』と判断すべきものであった」(判決についての原告と弁護団の声明)と言えます。

単に男女で平均値に違いがあるというだけなら、会社がことさら差別しなくても、家事負担の違いとか意識の違いとかいう要因で男女差が生じている可能性もあるでしょう。しかし、このグラフは、どう見ても、男と女でまず区別したうえで、例外もあるという以上のものではないと思います(ごくごく最近、やっと少し例外が増えてきたようですが)。

以上を総じて言えば、この判決の論理では、「性中立的基準を定めて、少しでも女性を登用しておけば、差別は免罪される」ということになる(原告と弁護団の声明)と思います。

長迫さんは「正確・迅速な業務処理をおこない、仕事への信頼度は高い」にもかかわらず、昇進させない理由とは?

また、判決は、会社の職務評定によると、原告は「正確・迅速な業務処理をおこない、仕事への信頼度は高いと評価されている反面、毎年、自説に固執し、自分本位で他人の意見を聞かないと評価され、指導を要するものとされていた」から、原告を「昇進させなかったことは、被控訴人[=中国電力]の人事権の裁量の範囲内」のことだと述べています。

「正確・迅速な業務処理をおこない、仕事への信頼度は高い」のだったら、職業人としては十分でしょう。

しかも、「自説に固執し、自分本位」というのは、自分勝手だとかいうことではなく、長迫さんが管理職の方針に疑問を呈して本部によく意見を出していたことを指しているのだそうです。しかも、長迫さんの意見によって、本部は管理職の方針にストップをかけたり、条件を付けたりしていたそうですから、長迫さんの意見は独善的な意見でもなかったわけです。これでは、判決は、まさに、個人の意見を押し殺すような社員を会社が求めることを是認していることになります。これは怖い。

判決は、人事考課について会社の主張を丸呑みしていることといい、差別に対する捉え方といい、社員のあり方についての考え方といい、非常に時代錯誤で、「裁判所では、今でも、こんな考え方がまかり通っているのか!」と、呆れました。現実はこんなものなのかと。

宮地弁護士によると、人事考課の結果を口実にした男女差別については、なかなか勝てないのが実情だそうです。勝ってはいるけれども、その勝った裁判というのは、人事考課についての機密文書が暴露されて、その文書には「女性はC評価にする」とかはっきり書いてあったような場合だということです。

人事考課の結果だと言って差別をする、そういうやり方を突破することが、まさに現在の焦点だということのようです。

当日、原告の長迫さんは親御さんの介護のことで用事があって、来ておられませんでしたが、このおかしな判決に「NO」を言うために最高裁に上告なさるとのことです(4)。当日いらっしゃっていた支援者の方(中国電力の中で1人だけ公然と長迫さんを支援している方)も、最高裁がだめでも、選択議定書を批准させて……と語っていらっしゃいました。

(1)長迫忍「中国電力・男女賃金差別裁判」『ワーキング・ウィメンズ・ネットワーク二ュースレター』No.64(2011.7)。
(2)長迫忍「控訴から一年 中国電力男女賃金差別裁判」『ワーキング・ウィメンズ・ネットワークニュースレター』No.67(2012.4)。
(3)長迫忍・宮地光子ほか「中国電力男女賃金差別裁判 本人尋問開かれる」『ワーキング・ウィメンズ・ネットワークニュースレター』71号(2013.4)。
(4)長迫忍「2013.7.18の判決を受けて」『ワーキング・ウィメンズ・ネットワークニュースレター』No.72(2013.7)。このニュースレターには、「中国電力男女賃金差別事件・広島高裁不当判決に対する原告・弁護団声明」も同封されています。

※中国電力男女賃金差別裁判については、広島まで傍聴に通っておられた嶋川まき子さんが、ブログ「嶋川センセの知っ得社会科」で以下のような一連の記事を書いていらっしゃいます。ご参照ください。
・「硬直した業界と闘う女性ー男女賃金差別裁判の概要」(2011年7月14日)
・「中国電力男女賃金差別&日本の女性の状況」(2012年8月24日)
・「中国電力第一回控訴審報告」(2011年9月4日)
・「中国電力第一回控訴審報告2」(2011年12月31日)
・「中国電力男女賃金差別裁判控訴人尋問を傍聴する。」(2013年2月16日)
・「中国電力男女賃金差別裁判結審&社会権規約委員会の日本政府審査」(2013年5月28日)
・「中国電力男女賃金差別裁判控訴審判決NO1」(2013年7月20日)
・「中国電力男女賃金差別裁判控訴審判決NO2」(2013年7月20日)

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遠山日出也
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